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大分地方裁判所 昭和30年(ワ)264号 判決

原告 林府美子

被告 大分交通株式会社

主文

被告は原告に対し金五万円及びこれに対する昭和三十年八月三十一日以降完済まで年五分の割合による金員を支払うこと。

原告その余の請求は棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の、負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り金一万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事  実〈省略〉

理由

原告主張一乃至三の点及び原告が主張の事故に因り主張の如き傷害(注・前額部に長さ約三糎の裂傷)を受けたことは当事者間に争がない。

次で成立に争のない甲第五乃至第十五号証乙第一号証並びに証人河野黄楊夫、安部貞男及び原告本人の供述を綜合すれば本件事故当時運転手河野は乗客約四十名を乗せた一一一号電車を運転して国際観光港電車停留所を発し、春木川電車停留所に向け時速約四十キロで進行していたところ偶々先行電車二〇五号が春木川電車停留所の手前で停車しており、同電車乗務員は進行中の一一一号電車を同電車が後方百七十米位迄近接した時発見し、直ちに二〇五号電車の後方約三十米の軌道上に立つて帽子を振つて頻りに後続電車に危険を警告したが、運転手河野は二〇五号電車の約四十米手前の短巨離で漸くこれに気づき急ぎ急停車の措置を講じたが時既に遅く遂に先行電車に追突するに至つたこと、事故当夜は雨天で一一一号電車の前部運転手席の前方窓硝子には雨滴を払い除ける装置はなかつたけれども(右装置のないことは当事者間に争がない)天候も少雨程度であり、路線は直線コースで、二〇五号電車は車内燈及び赤色尾燈を点じて停車しおり、充分望見可能の状態にあつたこと、一一一号電車の制動機にも故障はなく時速約四十キロで急停車の措置を取つた場合における進行巨離は約四十米乃至五十米であつたことを認めることができる。右引用証拠中右認定に牴触する部分は信用しない。

凡そ電車の運転手が電車を運転するときは絶えず前方を注視して先行電車の有無を確かめ、若し先行電車があるときは速力を加減して追突を避くべき手段方法を講ずべきことはその当然の義務である。叙上認定事実によると本件事故は運転手河野が前記注意義務を怠つたために発生したものとしなければならない。

して見れば運転手河野の行為は不法行為を構成するものであるから以下被告の抗弁について考える。証人河野黄楊夫、衛藤昌弘、幸源一、衛藤彰、安部貞男の供述によると被告会社は河野黄楊夫を昭和二十三年四月一般公募の方法により各種試験を経て車掌に採用し、次で約二ヶ月の学課及び実務の訓練を施して昭和二十四年五月運転手に採用したのであるが、その後も同人その他の運転手に対しては毎月反省会を開き且一般掲示及び年一回の定期考査により乗務上の教育指導を行い、更に毎日少くとも一回は係員を運転中の電車に同乗せしめて事故防止に関する指導を与え、その選任監督につき或程度の注意をして来たことを認め得るけれども前出甲第五、第七、第十三、第十四号証及び河野証人の供述を綜合すると運転手河野は本件事故発生の頃は屡々運転中注意力散漫となる傾向があり、のみならず連日の勤務に因り身心共に相当疲労していたことが認められこの事も本件事故発生の素因たるものと推認し得るから電車運転の如き危険業務にかかる者を使用したことは被告会社がその選任及事業上の監督につき相当の注意を為したものと見ることはできない。そうすれば被告は使用者として被用者たる運転手河野の不法行為に因り原告に与えた損害を賠償する義務がある。

原告が本件事故に因り打撲傷及び前額部裂傷を蒙り精神上多大の苦痛を受けたことは推認するに難くないところである。成立に争のない甲第四第十一号証に証人林作雄、堤保、及び原告本人の供述並びに検証の結果によれば、原告方は両親及び兄弟七人の大家族で、当時引揚者たる父は別府駐留軍に、長姉は民間会社に奉職し、原告の判示勤務先における収入一ヶ月五千数百円を加え総収入三万数千円に達する外は格別の資産を有しないこと、原告が事故に因り受けた傷害中打撲傷は約一週間で全快し、前額部の傷害も二週間で癒合し、一時はその瘢痕が残存することを憂慮せられたが、幸にも現在では傷痕殆んど消失し、本件事故を知らない第三者には到底判別し得ざる程度になつていること、被告会社は事故発生後直に係員をして原告を病院に伴つて医師の治療を受けしめると共に数回に亘り原告家を見舞い、その治療費全額を負担支払うと同時に慰藉金として金二万円の贈呈方を申出たが、価格の点で折合わず遂に本訴提起を見るに至つたことが認められる。これらの事実にこれまで認定した諸般の事情を斟酌すると本件慰藉料の額は金五万円を以て相当と認める。

されば原告は被告に対し慰藉料金五万円及びこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明かな昭和三十年八月三十一日以降完済まで民法所定年五分の損害金の支払を求める権利を有するが、その余の請求は失当であるから民事訴訟法第九十二条第百九十六条を適用して主文のように判決する。

(裁判官 江崎彌)

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